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ボクシングをしていたときの話


今日は、休日でしたし何か真面目な話をする気にならないので
たまに会話で出るボクシングの話を・・・

私がボクシングを始めたのは今から約21年前。
高校1年の秋。

実は、入学当初はラグビーをやっていました。
スクールウォーズに憧れたものの、素行不良と言う事で退部。
滝沢先生は、悪を更正させて全国制覇しましたが、当時の監督はそうではありませんでした。

そのまま帰宅部にと言う事も考えましたが
当時身なりはビーバップハイスクール。
どうせツッパるんだったら圧倒的な力を付けてやろうじゃねーか
と言う単純なモノでした。

学校にはボクシング部が無かったので、最初は近所のジムへ。
この人本当にボクシング知ってるのか?と言う初老の会長がトレーナーだったのですが
最初の1ヶ月は左ジャブと、前後のフットワークだけ。
毎日、毎日これの繰り返し。

ただ今思えば、それが基礎となりその後に活きました。

やがて、右、コンビネーションを覚え、実戦形式の練習へシフト。

始めて半年くらいでプロとスパーリングをして
互角に打ち合える位の力を付けました。
まあ、同じくらいのウェイトの層が浅かっただけなのですが。
プロボクサーのライセンスは17歳以上。
私は4月生まれだったので、そこでライセンスを獲ろうと目論みトレーニングに励んでおりました。

ある日、1つ上の中学時代の先輩が高校でボクシング部のキャプテンになったという話を聞きました。
スパーリングの相手に飢えていた私は速攻で連絡をとり
先輩の高校へ武者修行。

こちらは大したこと無いにしてもプロや大学生とスパーリングをしているし
いくら先輩でも、軽くいなしてやるか、程度に思っておりました。

スパーリングを初めて1分もたたないうちに
明らかな力の差を感じました。面白いようにジャブを食らいこちらのパンチはことごとく交わされ
立っているのがやっと。

スパーリングは2ラウンドだったので、何とか倒されずに終了。

先輩から、いつでも練習に来て良いよ
と言ってもらえたので
翌日から毎日、放課後約30分かけてこの学校へ通いました。

割とシステムがいい加減だったのか、高校2年生の時には公式戦に出場でき
初めて出た大会で順調に勝ち進み、関東大会へ出場、ベスト8まで勝ち進みました。
結局そこで負けてしまったのですが、次はインターハイ、その後は国体と目標が出来ました。

しかし、インターハイは正式部員では無かったので出られず
国体は、選考選手に挙がったモノの、ちょっと学校で問題を起こしてしまい
ヨソの高校でボクシングをしてはイカンと言うことになり退部というか禁止令が出て
高校時代のボクシングはそこで終了。

高校を卒業し、半年くらい経った後プロテストを受験し、合格しました。
すぐ試合を!とイレ込んでおりましたが右の手首の腱を痛めてしまい、1年近く試合が出来ず
その間、ジムを変えたりアマチュアの試合に出たり・・・なんだかんだしているウチに
21歳になってしまい、慌てて再度ライセンスを取り、プロのリングに立つ前に社会人の試合に
出て、助走を付けてプロのリングに立つ青写真を立てておりました。

その社会人の試合2回勝てば優勝だったのですが、1度勝ち優勝決定戦へ
対戦相手は、同じジムの友人。スパーリングパートナーであり、いつも当時住んでいた横浜でつるんで遊んでいた悪友。
スパーリングでは、毎回私の方が押し気味に終わることが多かったので、この試合も手の内を知った相手でラッキーだ位に思っておりました。
ところが、終わってみたらRSC負け。アマチュアはヘッドギア付けているのでそうKOは無く
良い一撃が入ると、そこで止められRSC(レフリーストップコンテスト)勝ち、負けとなります。

その試合では終始、優位に進めたのですが、後半に足が止まってしまい不用意な一撃を喰らいました。
そいつは、かなりのハードパンチャーで、その試合で鼻を骨折、その後事ある毎に鼻血が出るようになってしまい、それでもプロのリングに立つことを諦めませんでしたが、鼻が治るまで数ヶ月かかるし
既に不動産業界にはいることを決めていたので、その試合を最後にボクシングを辞めると決意しました。

不動産業界に入り数年経ち、仕事も取りあえず覚えて
余裕が出来はじめたとき、もう1度で短い期間で良いからプロのリングに立ちたいという思いが芽生え始めました。

仕事をしながら、ゆっくり時間をかけ体重を落とし、スパーリングで感を取り戻させ
プロテストを受け、ライセンスを取り、デビュー戦の日が決まりました。

11月半ばにに予定が組まれ、翌年1月後半に試合と言うスケジュール。

試合に向けて、体作りを始めた矢先

バイクで通勤途中に4トントラックに跳ねられました。

全身打撲に、骨盤骨折。
全治3ヶ月との診断でした。

本当は半年だったみたいなんですけど・・・

何にせよ、キチンと歩けるようになるまで、半年以上かかりました。
雨の日や寒い日などは足が重く痛み、それがなくなるまでは3年ほどの重傷。

結局この事故でボクシングの夢というか目標は潰えてしまいました。

今でも、ボクシングの試合を観ると、当時のことを思い出します。

 

まあ、でも国体も含めれば3度チャンスがあり、ことごとくチャンスを逸してしまったんですから
縁がなかったんでしょうね。

今はただただ、当時から30キロ以上増えてしまった体重を少しでも元に戻す事に専念し
多少でも昔ボクシングをやっていた事が分かる体に戻したいと考えております。

 

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Submitted by on 2010/08/18 – | 73 views
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