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7年前の3月11日、どこで何をしていましたか

7年前の3月11日、どこで何をしていましたか

今日は「3.11」、東日本大震災が起きて今日で丸7年が経過しました。

7年後の今日は日曜日で、少しずつ春の足音が近付いてきた下北沢にはたくさんの人が遊びに来ています。あの日も晴れていたけれど、もう少し寒い日だったような。

あの日も私は下北沢にいました。

地震に遭ったのは当時の職場があった渋谷。金曜日の午後で、週末に向けてもうひと踏ん張り、と机に向かっていましたが、大きな揺れにそれどころじゃなくなって仕事もそこそこに三軒茶屋の自宅へ歩いて帰ったのでした。246沿いは麻痺した交通網を諦め歩いて帰る人がぞろぞろと。携帯電話も通じないので、普段見向きもされていなかった公衆電話に行列ができていました。

家にいても心細いばかり。笹塚に住んでいた友人とTwitterで連絡を取り、二人の中間地点である下北沢で落ち合うことにしました。私は、この茶沢通りを歩いて下北沢にやってきました。

音楽好きの友達と最初に向かったのは老舗ライブハウス「下北沢SHELTER(シェルター)」。この非常事態に際し、バー営業として避難所代わりにその場を開放していると聞きつけたためです。あの日は一人暮らしで心細い人たちのために、都内でもいくつかのお店が場所を開放すると呼びかけていましたね。

今日はお昼からアイドルイベントが開催されていました。夜はパンクバンドのライブがあるそうです。

その後、私たちはヴィレッジヴァンガード向かいにあった「BUG HOUSE(バグハウス)」という、友人が経営するバーへ。ここで朝まで過ごしました。常連が何人か集まっていて、お酒と笑いで不安を吹き飛ばそうとしていました。夜中に何度も緊急地震速報が鳴って、そのたびに空気が凍ったのを覚えています。

今はそのバーもなくなり、KOGA RECORDSのカフェダイニングが入っていますね。今度行ってみよう。

実は翌日の3月11日、南口商店街の「風知空知」でライブイベントを企画していたんです。夜になって電話が繋がりだした頃、「お店はグラスがいくつか割れた程度で済んだ、やろうと思えば明日のライブは開催できるけど、どうする?」と店長から電話がかかってきましたが、私は「まだ状況が掴めないけれど、明日やっても誰も楽しめないと思う。中止します」と答えました(結局、イベントは半年後に延期となりました)。そう、あの日はこんな一大事になっているとすら知る由もなかったんだよなあ。

何も分からない暗闇の中、「下北沢に行けば誰かに会えるはずだ」と信じて聞こえる声を頼りにさまよった夜。この時期になるといつも思い出します。あの夜は、下北沢という街に救われたなあ、と思う。

7年前の今日、あなたは誰とどこで過ごしていましたか。3月11日のたわごとでした。

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